わからないレクチャー


看護学校で薬理学の講師をしていたときに、とにかくわかりやすいレクチャーを心がけていた。わかる範囲で、わかる言葉で授業をして、満点がとれるくらいのテストで。

看護学生にとって、薬理学は「カタカナばかりで嫌い」なのだそうだが、わかる講義は好評で、そのまま5年以上は講師を続けてさせてもらった。新薬の承認審査、添付文書の読み方、副作用と薬害の違いなども盛り込んだ。

社会人になった看護師たちには、いまも新人から師長さんまで、教育/コミュニケーションのレクチャーの依頼はつづく。ありがたい。

ところがここ数年、ちょっと手応えが物足りない。究極のレベルまでわかりやすくしているはずなのに。

で、ふと思った。

もしかしたら、目の前の課題に主体的に取り組む社会人向けには、わかりやすいレクチャーより、わかりにくい、もしくは「わからないレクター」の方が良いのではないか。

本人たちに問題意識=現状を少しでも何とかしたい切なる動機があるなら、わからないレクチャーからでも、1つのヒントでもあれば十分なはずだ。

残りのわからない部分は、さらなる学びの楽しみにすればいい。

この春からのレクチャーは、ばらばらのコンポーネントで、全体像を見せずに、でも本質的な。そんな組み立てで準備をしてみよう。

私は、ごめんなさい、とすぐに言いたいと思ったが、それが口にどうしても出ないで、かえって別の言葉が出てしまった。

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