雑談が苦手である。嫌いなのではない。しかし、雑談ほど重要なコミュニケーションの手段はないと思う。
コミュニケーションの手段として、3つに絞れば、意思決定をする「会議」、自由に対話を交わす「ダイアログdialogue」そして「雑談」になるだろう。
この三層構造で、いちばんベースにあるのが雑談だ。会議の目的は決定であり、ダイアログは生き方をスムーズにさせる。そして、雑談ができるということは、信頼関係そのものを作ることだ。
時間を気にしない雑談もよいが、うまい人はしばらくぶりにあったときでも、さっと気遣いある一言をくれる。
たとえば、会議を仕切るトップも、ベースには雑談=信頼関係がなければ、よい決定はできない。
しかし、残念なことに、わたしは、雑談が苦手だ。
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私はお母さまのこうして優雅に息づいて生きていらっしゃる事が、あまりうれしくて、ありがたくて、涙ぐんでしまった。「御夕飯のお献立は? ご希望がございます?」 私は、少しはしゃいだ口調でそう言った。「いいの。なんにも要らない。きょうは、九度五分にあがったの」 にわかに私は、ぺしゃんこにしょげた。
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