「いただきます」の前に、もう一度味を見る

料理を始めて何十年になるだろう。大した料理はできません。朝食と弁当はルーチンで、早く帰れれば夕食もつくります。

料理は面倒です。だから、できるだけ手早く済ませたい。それでも、料理をするようになって、一つ変わったことがあります。自分でつくった料理を食卓に出すとき、私はもう一度、ざっと味を見る。

台所でも味見はしている。でも、「いただきます」をする前に、もう一度ざっと口に入れる。

大丈夫そうだ。

そう思って、ほっとしてから、自分の「いただきます」が始まる。

考えてみれば、料理をするということは、自分がつくったものを自分で引き受けることなのかもしれません。たいした料理ではない。味覚にも自信はない。

それでも、自分がつくったものだから、一度は自分で確かめたい。

料理をするようになって変わったのは、もしかしたら味覚ではなく、「自分がつくったものを見る目」なのかもしれません。

「格言」は、トイレに貼って一日のはじめと終わりに見直すにはいいかもしれないけれども、見る人に自身の依拠する価値を直視させ、問い直させるような力がそれ自体のなかにあるわけではない。手痛い経験を強いられることなく、心地よい範囲で質の良い言葉に出会える。世界でベストセラーとなっている背景には、そんな事情もあるように思う。

社会学者が子育て本を読んで考えたこと、貴戸理恵、2025

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