
私の読書ノートには、何年分もの引用と考察の記録が蓄積されています。
学生の頃は、テキストエディタに手入力で引用を打ち込んでいました。本に付箋を貼り、直接書き込みをしながらの手間のかかる作業でしたが、入力しながら色々な考えが浮かんで深くのめり込んだものです。
社会人になってからも読書ノートは継続していますが、本を読んで思考を深めながらメモをとる際、「思考のスピード」に「メモするスピード」が追いつかない場面が増えてきました。自分の中の「問い」に沿った考察は繋がりとして積み上がっていきますが、時には引用した原文そのものを手元に残し、後から見返したいこともあります。
少し前までは、MacBook Airを開きながらiPad miniのカメラでテキストをスキャンし、コピペしてノートにまとめる方法をとっていました。しかしこれは「読む作業」とは別の段取りになるため、改めてまとまった時間を確保する必要がありました。
結果として「メモのスピードが追いつかない」という問題は解決されないまま。そこでここ最近は、iPhone1つで完結させる方法を試しています。
iPhoneのカメラ機能でテキストを直接スキャンコピーし、そのままメモアプリにペーストするだけ。 左手に本を、右手にiPhoneを持てば、ページをめくって読んでいるその場で素早く引用メモが完了し、簡単な考察までさっと書き残すことができます。
ただ、この方法を試す中で次の課題も見えてきました。 引用が手軽になった分、「引用メモが大量になりすぎて、本当に大切なメッセージに辿り着けなくなるリスク」です。
これはちょうど、写真撮影がフィルムからデジタルへと移行した際、「何を厳選して撮るか」から「大量に撮影したものの中から何を捨てるか」へと変化した現象と、まったく同じデジタル特有の課題なのかもしれません。これからも本や文献を浴びるように読むことを最優先にしながら、考察と引用をいかに上手く噛み合わせていくか。
いい観察は、ある主体が、物事に対して仮説をもちながら、客観的に物事を観て、仮説とその物事の状態のズレに気づき、仮説の更新を促す。 一方、悪い観察は、仮説と物事の状態に差がないと感じ、わかった状態になり、仮説の更新が止まる。


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