療養を機に、少しだけ自分だけの時間が持てた。仕事でも、家庭でもない時間のことだ。
渋沢栄一の母、ゑいのセリフ「あんたがうれしいだけじゃなくて、みんながうれしいのが一番なんだで」に、そりゃそうだ、と素直に共感した。私には、いつでも、家庭と仕事が大切である。
が、しかし。それでも、自分の時間がある。療養とは関係なく、オンラインなら家庭も仕事も押し寄せてくる。それでも、自分の時間は発生した。
太宰治を読むでもいいし、寅さんを見るでもいいし、YOASOBIを聴くでもいいし、作文を書くでもいい。
そうこうする時間がしばらく続いた。つぶやきもしたし、ブログにも、書いた。どちらも、いつのまにか久しぶりの感触だった。
もともとの自分の歯車。どこに動力があるのかわかりませんが、家事でもなく、仕事でもない空白の時間には、パブリックがあって、プライベートもあって、何やら動いていることは確かだ。
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諦める力、為末 大
「諦める」という言葉の語源は「明らめる」だという。
Bitly
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