ケアのための取扱説明書を本人とわたしのために「介護未満の父に起きたこと」ジェーン・スー

何でも準備しておきたいわたしは、次に来るであろう親の介護とは、どのような世界であるのか、知っておきたい。医療や介護の領域で仕事をしていても、きっと、自分が患者になったときに、慌てふためくと同じように、わたしも親しい人の介護や死が目の前に現れたら役に立たないのだろう。

そんなことを気にしながら、「介護未満の父に起きたこと」ジェーン・スーを読みました。

なるほど。わたしはケアする相手の「取扱説明書」を作成しておけば、よいのか。家族や親族であっても、それは私ではありません。相手が望む生き方をフォローしたい気持ちがありなら、まず、相手の取扱説明書を書いておくことは、こちらが大丈夫な状態で付き合いきる前提条件でしょう。取扱説明書に、本人がどのような人生で、どうしようとしているのか、本人の得手不得手、くせやパターンを記しておけば、うまくいかなったときに「あー…そうか」と受け止められるからです。受け止められれば、こちらがいらいらすることも、叱責することも、落ち込むこともない。そして、わたし自身の取扱説明書も、誰かのために書いておく必要があるかもしれない。たぶん。

父が言う「ここにあったはず」は勘違いもあったが、記憶が更新されていない場合も目立った。そこで私が「新しい場所にしまったじゃない!お父さんも見ていたでしょう?」と返せば父を傷つけ喧嘩になるが、「我が家のミック・ジャガーは記憶の更新が苦手」と取扱説明書に記しておけば、腹を立てる割合を3割くらいは減らせる。

介護未満の父に起きたこと、ジェーン・スー、2025

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