nano hana
「ごめん、やっぱりあなたのところじゃなかったか」と看護師長が、廊下で私に声をかけてきました。手にしていた依頼文は、私の部門で扱う案件ではなかったのです。

「でもさ、気分としては、あなたのところに出したかったのよ」と、そのまま廊下で歩きながらの会話はつづきます。どういうこと?、と尋ねると、「あなたは、いったん聞いて、返事をしてくれるから」との理由をいただく。

たしかに、私はこの依頼文を決裁する部門でも立場でもありません。文書が添付された社内メールには、なぜ、この文書を受け取れないかを理由をつけて返信したのです。

いったん聞いて、返事をする。

これが有り難がられるなら、みんなのコミュニケーションは、そうなっていないということでしょうか。

わたしの場合は、というと…。多くの部門とのやりとりは未知のことばかりなので、答えを与えることよりも、それは何についてのことなのか、まずいったん聞きます。聞くしかない、のが正直なところ。何についてのことなのか、相手に気がついてもらえることが目的です。こちらはチンプンカンプンでも、聞くのです。いくらわからないといっても、ストーリーがロジックから外たり、わたしの感情がゆれたら、たずねて補ってもらいます。これは、案件を私が解決するというよりも、課題をロジカルに、または自分の感覚から認識できる相手になってもらうための共同作業に近いのかも…。

本当にこんな高度なことをやっているのか?

と、聞かれると、自信はありませんね。

でも、こうして言語化して、説明していますから、やろうとはしているはずなのです。

もとねすメモ)待ちながら、今日も聞きますよ。

僕があなたの考えていることを正確に理解しているからではありません。僕はあなたのことを知りませんし、ですから当然ながら、あなたが何を考えているのかだってわかりません。もし自分の気持ちを理解してもらえたと感じたとしたら、それはあなたが僕の物語を、自分の中に有効に取り入れることができたからです。

(村上春樹『雑文集』)

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