shibuya street

 国内の無料オンライン授業のJMOOCで、「インタラクティブ・ティーチング」の講義を受講しています。進行役の栗田佳代子先生のプロフィールには、好きな言葉「歩けばそれが道」と書いてあり、この7文字を見て、あら、と思った。

 いい言葉だな…と思いながら、
 何度もこの7文字を諳んじていた。

 どうも私が知っている「道」は、立派で、マジメな道ばかり…
・道は近きにあり(学問の道は自分の身に基づくものだから,手近なところにあり,遠い外に求める必要はない)
・道を決する(進むべき方向を決める)
・道義(人としてふみ行うべき道)

 こうと決めて、進んでいくコースのようなものである。

 一方で、歩けばそれが道なら、なんてことはない。
 歩いてしまえば、それが道になる、ということだ。
 なんて楽ちんなんだ。

 私は20代のころに10年後の具体的なイメージをして、それがまるで叶ったかのように、行動を続けてきた。

 「休日の朝はゆったりとコーヒーをいれて、好きなときに原稿を書いて、昼過ぎに友人たちが遊びに来る」。具体的にイメージを持っていると、その片鱗がテリトリーに入った瞬間に、スイッチが入る。

 たとえば、原稿の依頼があれば、まるで、原稿を書くことが仕事の如く振る舞う。自然と文章をていねいに書こうとするし、相手の反応が気になる。この「なりたい感度」を高くしながら所作を積み重ねたら、文章が多少なりとも上手くならないワケがない。写真もそうだし、料理も同じ。

 「なりたい感度」は見えるくらいに具体的なのがいい。そのように振る舞えるし、現実化される。チャンスが来ればやってしまうことの連続は、いつしか自分でチャンスを取りに行くようになる。

 「歩けばそれは道」とは、つまり「歩いてしまえば道」である。失敗して、転んだっていい。また歩けばいいのだから。
 となると、問題は歩いてみるか、どうかだ。

もとねすメモ)「なりたい感度」+歩いてしまうこと





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カテゴリー: Essay

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