「医療の不確実性」に責任を持つのは誰か?


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(2004年に坂口厚生大臣が厚労省内の薬害根絶の碑の前で、二度と薬害をおこさないことを誓う)

 2011年1月7日に出された薬害イレッサの和解勧告の期日。「副作用死を招くことを予見しながら開発・輸入をして市販したことの損害賠償責任」が製薬会社や国に問われています。一方、医療界は「医薬品の副作用を薬害だと受け止められては、患者に新薬を提供できなくなる」といった主旨で一致している(日刊薬業 2011年1月25日火)」と報じられています。

1.「医療の不確実性」に責任を持つのは誰か?

 あと数十年したら遺伝子解析が進み、分子標的薬の効果も副作用のリスクも患者個別に予測がつく時代になったとします。その時に「あの薬害は何だったのか?」と再評価がされたら、「何もわからない段階でよく承認をしたな」という意見もあるでしょうし、「結果的に効果があった患者もいる」という意見もあるでしょう。

 医療は、科学。大勢多数の臨床試験で安全であっても、ましてや新しい医療には「未知の部分」が必ず残る。つまり、「不確実性」が0%になることはない。そこを承知の上、治療をする?と患者さんと相談をしながら医療を決めるスタンスは、こらからもかわらないと思います。

 つまり、インフォームド・コンセントが不十分だったら、医療従事者の責任が問われ、薬そのものが欠陥品ならば、製造販売した製薬会社と承認をした国の責任が問われる。今回の裁判で「医療の不確実性」を問うのか?問わないのか?。どちらにせよ、不十分なインフォームド・コンセントは、結果責任が問われるということです。

2.「その安全性情報では、伝わらない」

 異常物がまざっていた「薬害エイズ、薬害ヤコブ、薬害C型肝炎など」。成分による害作用で販売を中止した「クロロキン、サリドマイド、ソリブジンなど」。そして、成分による害作用があるにも関わらず販売を継続している「イレッサ」。いま裁判は、「医薬品情報の扱い方そのもの」を問うている。これまでの薬害ではない、はじめてのことです。

 イレッサの添付文書には、「本剤の化学療法未治療例における有効性及び安全性は確立していない」といまも記載されています。同じように死亡するリスクが注意書きとして記載されている抗がん剤、免疫抑制剤は数多い。裁判では、承認販売時に十分な注意喚起がされていなかったことが、争点になっています。

 簡単にいうと「その注意では、伝わらなかったでしょ」と司法は、勧告したのだと思います。専門家なら、肺がん治療剤で「間質性肺炎」が注意文書の4番目にあろうが、なかろうが、それは「いやな予感」と使いにくさを感じるはずです。司法の意見も医療従事者は聞く機会だと思います。社会のなかの薬ですから。

3.社会薬害から、「医療薬害」の時代に

 医療従事者は、「医療薬害」という覚悟を持った方がいいと思います。これまでの薬害裁判は、製薬会社や厚生労働省による利益追従と倫理感覚の欠落によるものでした。いわば、医療従事者サイドは「それは、ボクらには手が出せない」社会薬害だったわけです。製造販売している製薬会社の新薬承認情報は公開されていますが、一部は黒塗りのままですし、そもそも望ましくないデータは提出されないならば、評価のしようがないわけです。

 薬害がおこる構造を、「製薬会社や厚生労働省による利益追求」と「国民と医療従事者による科学的な教育なき安易な薬物療法」の綱引きと仮定します。GLP1アナログの糖尿病治療薬「ビクトーザ皮下注18mg」の死亡事例でご家族が訴えを起こしたら、十分な安全性情報を提供しなかったノボノルディスクファーマ株式会社と厚生労働省が被告になるのでしょうか?それとも、1型糖尿病であることを判断できなかった医師と調剤をした薬剤師が訴えられるのでしょうか?

 私はどちらの可能性もあると思います。ですから、医療従事者は科学的な教育と判断を怠ったとき、それは薬の作用ではなく、人災であって、「医療薬害」が起こるのだと思います。

これから)と、ここまで書きましたが、まだ論点の整理が不十分です。切れ味が悪くイレッサ裁判がどんどん進行しているなか、何度も書き直したのですが、いまの私の力量ではここまで。でも、書き記しておきます。Real artist shipsなので。

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