風邪をこじらせたと思い病院に行くが、肺がんと診断され、彼は2003年2月「余命2年」と宣告されます。自身のホームページの日記に「助かりたい、死にたくない」言葉を排除した闘病記をつづります。

 1971年生まれのライターが肺がんになって中野の病院に入院し、幾多の点滴化学治療ののちにイレッサの処方、2003年10月ブログ最後の文章は「死にたくないな。書店で会いたい。本屋でセットで買ってくれ」。享年33。

「ホスピタルグレードのノイズリダクション」

 著者風に考えると(BOSEのQuiet3やComfortでは、ダメだったのだろうか?。ダメだろうな、病室で静寂がほしくなったときにはどうすりゃいいんだ?)となりそうだ。

 悲哀の仕事時間もなく、彼は心を切り替えて、文章を書き始めたのだろうか。それは、33歳という時間から換算するとたぶん首都高を7分走って、過って高架から転落する30秒を死ぬとわかりながら、「だからオレは!」といつも以上のテンションで笑う道を選んだということだと思います。

31歳ガン漂流

31歳ガン漂流

厚生労働省 の緩和ケアプログラム 100冊の旅、のこり85冊。

気づき)

 ・著者「奥山隆宏」さんのブログは、いまでも見られます。

  THE CANCER ADRIFT EVOLUTION32歳がん漂流エヴォリューション

 ・残された時間に表現されたもの

 ・最大のクライシスも受け入れる

これから)病院薬剤師委員会で院内製剤の規程を検討する。PL法やら何やらありますし。&非常勤薬剤師の初出勤日であります。

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カテゴリー: Diary

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